2020年9月13日

便利屋はち太郎開業。
いったいこの地でやっていけるのか。
東京での見習いは一か月営業回りをし、1つも仕事をとれなかったことに自信喪失していた。
とにかく仕事を取ることは大変なことである。他の見習いの人も、一日1000件チラシをくばり、一年?だったか1か月だったか、ようやく一件とれたような記事を目にしていて、覚悟をしていた。
取り合えず、コロナ過において名刺、チラシ、ホームページなどを1か月以上かけて用意し、(なんせ、前職は職人だし、パソコンと言ったら検索したり、ショッピングするくらいのものだったので相当試行錯誤、難儀した。)
いまだに名前で検索しても自分のページが出てこない始末であるが・・・
しかしある時ホームページ作成中の時に、依頼が来た。
一体、なぜ?自分でも見つけられないホームページをどうして知ったのだろうか?
 「この近くにも便利屋さんがあるのですね。家具の組み立て、ブラインドカーテンの取り付けをお願いしたいのですが・・・」
何かの拍子につながったのだろう。それでもインターネットの凄さ!便利屋を必要としている人がいるんだ!どんな仕事だろう?ちゃんとできるだろうか?ドキドキだった。午後に訪問することにしたが、午前中は準備というより家中を歩き回り、「ああしたらどうしよう?こうしたらどうしよう?」ワサワサしていて落ち着かなかった。

家を訪問し、家具を見た時、想像以上に大きかった。
部品もネジも数えきれないほどあった。ボンドを付けながら組み立てていくので失敗はできない。
傷もつけられないし、一つの部品が見当たらなくなっても完成されない。
この緊張感。
とにかく説明書を頼りに一つ一つクリアしていこう。
始めは「何だこれは?」「何だこれは?」がそのうち「こういうことか!」「ここはこうだからこういうことね。」
という風に変わっていった。予定時間はとっくに過ぎていた。
他の依頼もあったけど、この家具だけで精一杯だった。完成までたどり着かなかった。5時でタイムリミット。完成までたどり着かなかった。

この日はじめて、領収書を書いて、はじめてお金を受け取った。
依頼された通りのことはできなく、反省すべきところはいっぱいあった。
それでも自分の中では完全燃焼しきっていて、充足感に満たされていた。
「便利屋の仕事をした」
と。